ぼちぼち観察記録

見た舞台の感想やオススメや自分語り。関西小劇場と、推しさん。

会いたい気持ちが世界の中心『5DAYS 辺境のロミオとジュリエット』感想と考察

5days.westage.jp

『にんじん』以来半年ぶりに、舞台に立つよしくんを見てきました。

 

上演が発表された時、会場が(中スタジオとはいえ)KAATなのと出演者にマルシアさんがいることで、「また推しと推しの間接共演では!?」(※2016年9月上演『マハゴニー市の興亡』)とにんじんに続きアホな騒ぎ方をしていたのだけど、最初にブチ上がったテンションはそこから緩やかに下っていった。

オリジナルミュージカルではあるけど、下地は敬遠しがちなシェイクスピア。見慣れていない少人数ミュージカル。どうやら舞台は現代で、社会派な内容っぽい。当たり前だけど事務所ぢからをめちゃくちゃ感じること。

個人的に苦手としている要素がどんどこ積み重なっていって、その頃の仕事の忙しさや相変わらず金欠なこともあり、モチベーションが「遠征してまで行きたくない……」まで落ちてた。稽古場見学には行けないし、よしくんがアフトーにいる回には入れない。(これは発表が直前過ぎたからしょうがないんだけど、末満さんの時点で増やす努力をすべきだったホント…)

とまぁ、だいぶしょんぼりしていたんですけど、開演一週間前くらいから立て続けに毎日毎日5DAYSに関する夢を見て、何やねんわたしめっちゃ楽しみにしてるやん!!と思い直した。夢は正直。その時点でチケットを1枚増やした(これ大正解だった)

そんなわけで重かった腰を上げて見に行ってみたら、脚本演出に個人的に納得いかない面はあるものの、キャストの熱すぎるエネルギーを全身で受けてめっちゃ元気になって、リェータのように思いのままに走り出したくなった末に「横浜でマチネを見た後即座に大阪に帰って別の舞台のソワレを見る」という勢いでしかない行動に出ました。楽しかった。

「会いたい気持ちが 世界の中心」

リェータの輝く笑顔と熱い眼差し、どこまでも届きそうな力強い声で歌われるこの言葉が、今のわたしにまっすぐ刺さった。行ってよかったです。

 

以下ネタバレ感想と考察。行ってよかったけども、だいぶグダ巻いてます(笑)

『5DAYS 辺境のロミオとジュリエット

- Story -

2018年、辺境のための経済復興特別区【グラント】に“ライン”が引かれた。

【デルヒ】と【ゼムリャ】に分かれた二つの街の対立は、驚くべき速さで激化していく。

【デルヒ】のハワル(東啓介)はある日、友人のポドフ(柳下大)、ナウチ(中山義紘)らと、ゼムリャの祭りにもぐり込めることになった。“ライン”上に暮らす女・ドゥーシャ(マルシア)の導きで。

そこで、リェータ(豊原江理佳)とハワルは瞬く間に恋に落ちる。しかし、リェータの兄シーラ(大山真志)は、ゼムリャの血と種を守る民族運動の若きリーダーだった。

転がるように恋しあうハワルとリェータであったが、血気にはやるシーラとポドフが衝突し、二人は引き裂かれていく。街の争い、人々の争いの中、愛を知った二つの命が選ぶ道は……。

 

 

日本発のオリジナルミュージカルと銘打っているけど、台詞回しがシェイクスピアなので韻に韻を重ねてて(特にポドフ。ともくんうまいな~愛のある挨拶を・お生憎だが~あたりで「あい」重ねまくってて好き)あまり耳馴染みのない単語が早めのテンポで流れていくから翻訳作品を見ている気分だった。全員じゃないけど根底にキリスト教の信仰があり、登場人物たちの心情が微妙につかみ切れないこの感じ。翻訳作品を見慣れてないと、一回だと飲み込みづらそうだと思った。

最前列からそのまま地続きで舞台になり、大きな斜面と木と、たまに出てくるテーブルと、印象的に置かれる椅子。蝋燭。十字架。
こういうシンプルなセットはとても好きです。小劇場だー!!って感じがする…と同時に、あぁこれは地方公演できないな、とも思った。ものすごい勢いで駆け上がったり転がり落ちる斜面も、客席通路の全力ダッシュも激しい出ハケも、この劇場で稽古できるからこそ。推しさんの舞台でもよくあるんですけど、地方公演がない故の「その劇場でしかできないこと」に特化した演出を見るとやっぱ東京ええなぁ…って悔しくなる。KAATはメインのホールも形を自在に変えられるし、演劇に特化した劇場だから協力的でいいところだな~と思います。好き。

内容なんですが、気になったところがいっぱいあったので適当につらつら書いていきます。見出し付けてるので興味なかったら適当に飛ばして読んで下さい。


◆時代が2018年であること

テロからの非常事態宣言による通信規制、初っ端から穏やかじゃないな…と思ったけどポドフもハワルもまるで他人事のようで気楽に構えていて、ナウチの言葉もただ事実を伝えているだけで行動は起こさない。身近な誰かが傷付くまで動けない。昨今の世界情勢を鑑みてしまう展開に、演劇は演劇として楽しみたい派の自分としてはかなり複雑な気分になった。そういう狙いもあるだろうけども、やだーーエンタメはエンタメとして楽しみたいー!(個人的な好みです)

でも最初以外あまり気にならなかったというか、『現代が舞台』だということを忘れていた。スマホ等のモバイル端末もパソコンもテレビも、規制で使えないなりに出てきてたらまた違ったかも。もし自分が今通信できないよって言われても絶対定期的にスマホ見てしまう自信がある。連絡取れなくても写真とか撮れるし、過去のデータ見たり時計代わりにする。日本が舞台じゃないからそのへんの感覚は違うと言われればそれまでだけど。

教会の電話がコードレスでなく、黒電話とまではいかないまでも古めかしくて、しかもその受話器がまるで首吊りのように木からぶら下がっていたのがすごく印象的。あとゼムリャの民族描写がだいぶ原始的だったのもあって、途中からは60年代のどこか海外ってイメージで見てた。すいません。

ロミジュリを下敷きにすることで、登場人物達の行動はどうしても突飛になる。連絡手段も乏しく医学も発展しておらず寿命も短い、人が全力で生き急ぐ時代の行動を現代でやってると浮く。その不自然さを危機的状況にすることで理由づけてる…んだけど通信規制はなかなかの力技だなー(笑)あと舞台を走り回るキャストのエネルギーがとんでもなくて、勢いでねじ伏せられた感はある。これは良い意味で。

アフタートークで石丸さんが、現代劇で愛を伝えようとするともっとコミュニケーションせず言葉も少なくなるけど、シェイクスピアだからたくさんしゃべるようにした(だいぶ意訳)っておっしゃってたのでだいぶ腑に落ちた。

 

あと、登場人物みんな人間味あるなって思った。人が三人死んだけども、誰も何も言い残せなかったのはリアル。ドラマチックに死ねるヤツなんかそうそういない(というのは違う舞台のセリフですが。)、誰にも超人的な力はない。刺されたり撃たれたら死ぬ。途中から全てを見ているポドフがちょっと例外だけど、彼も物語に手出しはできず(死のうとするハワルから目を背けるのつらい)、魔女と呼ばれたドゥーシャもリェータを救うことが出来なかった。目の前の人しか愛せないちっぽけな人間だと語るシーラの不器用さ。ナウチは物語上では何もできてない。会いたい人がいるから捕まりたくないと逃げ、最終的に死ぬことができないハワル…。

あんまり人間賛歌が得意ではないので、歌詞であれだけ「人間」を連呼されると辛いものがあるんだけども、たまにこうやって色々考えさせられる舞台を見るのもいいなーと思えた。


◆思ったよりはロミジュリだった

舞台でもロミジュリ見たこと無いので予習すべきか迷って、比較的新訳のものを読んでだいたいの内容だけ頭に入れていったんだけど、椅子に置いてあったキャラクター紹介を読んで「ナウチが牧師見習い!?!?!聞いてないんですけど!?聖職者!!?(※調べたら牧師は教職者だった)」ってひっくり返りそうになった。そんな心の準備してなかった。
あれらの情報、開演前にいきなり提示されるのが謎。ハワルの兄やポドフの兄弟、ナウチの両親の死因あたりは本編と特に関係がなかったのでこれはあくまで裏設定のおまけ…と思いたかったんだけど、ハワルの父の話やシーラリェータの両親の話はあきらかに本編の前提としてたので驚いた。開演前に読んでない人わからんだろ…?

全体の流れは思ったよりロミジュリ。あらすじにもある対立する街(家)、元々ジーマ(ロザライン)という彼女のいるハワル(ロミオ)、祭りで出会う二人。次の日に帰ってきたハワルが浮かれに浮かれてるところ…と序盤はほぼそのまま。個人的に予習してよかったって思ったのは「マブの女王」のくだりと、自分の死ぬ夢を見るハワル。これ進◯ゼミでやったことだ!

 

予習を決めたのは石丸さんのこのツイートで、キャラ名にあまりにもピンとこなかったからなんですが

 

 

これ一人何役もやるよって意味だと捉えてたんですよ。六人しかいないし、途中で死ぬティボルトや出てこなくなるベンヴォーリオはアンサンブルもやるよと。でも実際は、六人全員が一役を生き抜いていてびっくりした。役どころを兼ねていた。

でもそうなると、神父とバルサザー両方の要素を持つことで情報のすれ違いが起こらないはずのナウチがいるのに、結果的にリェータの死は防げないの辛いな…とか、ティボルトを兄にした上にパリスを融合させたことで、シーラが途中で死ななくてもロミジュリの筋が成立するのとかは興味深い。でもこのへんってロミジュリ読んでること前提になってしまうので、ロミジュリ未履修のまま見た人の感想を読んでみたい…。

 

◆ロミジュリだけどマリウスとコゼット

稽古場動画が上がった時に一番気になってたのがこれなんだけど、ハワルが本当の恋を知って二人にそれを嬉しそうに話すシーン、めっちゃレミゼのABCカフェ!って思った。舞台のロミジュリを知らないから定番シーンなのかも知れないけど、「経験した僕にしかわからない」⇔「君が居合わせたら僕のこの気持ちがわかるだろう」のかぶりっぷり…という混乱を抱えたまま本編見たら、リェータのコゼットっぷりもなかなかだった。コゼットと違って実際の親にだけど虐待され、シーラによって連れ出されて窮屈ながら幸せな生活を送っていて…。この辺はジュリエットにはない部分。歌で名前を伝えるのはやっぱり良いなと思った。新しいリェータとか新しい人生をってところも、プリュメ街の「わたしの人生が始まった、そんな感じ」を思い出す。

こういう二人って良い意味でテンプレなんだろうし、転がり落ちるような一目惚れの輝きの表現が好きだから見ていてドキドキした。感想でも見かけたけどディズニーヒロインっぽさもあるよねリェータ。

とんちゃんはいつかアンジョルラスで見たいなぁと勝手に思ってるのですがマリウスも見たくなったし、豊原さんはエポニーヌがいいなとか考えてしまった。


七つの大罪と十字架と牧師

ポドフとナウチの食事シーン、リェータのわんこそば(?)のシーンでふと「暴食」が浮かんで、もしかしたら七つの大罪もモチーフの一つかもと思ってた見てたけど、誰がどれってわけではないか(そもそも一人足りないし)。ドゥーシャが色欲としてもシーラが三つくらい混ざってそうだし、ポドフもそんな感じ。
でも、ナウチが「怠惰」なのかなって思っている。牧師見習いという立場上できないことも多いだろうけど、それにしたって何もできてなかった。ただひたすら、祈るだけ。

教会のセットとしてナウチの持ってくる十字架(蝋燭の話は後述)、あの大きさだと自然とあの持ち方になるかもしれないけど、キリストが十字架を運んでいる宗教画と完全に一致する。ゴルゴタの丘…。ハケる時だけだと思って「うわっ…」って絶句してたら入ってくる時も一緒だったけど、ハケる時はちょっと間があるというか、わざとあの姿勢になってる気がして。牧師見習いであるナウチに、文字通り十字架を背負わせる…。彼の罪は何で、いつ償われたのだろうか。先述の「怠惰」がそうだとするなら、ナウチはあのあとハワルの裁判(とか色々あっただろうゴタゴタ)の中でハワルを守っていってほしいなと思った。

でもキリスト=ナウチは違う気がするんだよなー。なんか弟子でキリストの十字架運んだ人いなかったっけ?ってググったらいた。キレネのシモン。弟子じゃなかったわごめん。

っていうかナウチの立場、めちゃくちゃ辛くない??ハワルとポドフの件、牧師であるナウチは応援することも見守ることもできないのでは…見て見ぬふりをするしか?ざっくり調べたらそれを禁忌とするかは教会によるとかなんとか。でもポドフが食事のシーンで「お前の神様に禁じられた人間」(細かい言い回し忘れた)とか言ってたのできっとナウチの教会では駄目なんだろうし。親友と信仰の板挟み……。

…とここまで考えといて何なんですけど、わたしキリスト教のことあまりわかりません。本家ロミジュリは神父がいるからカトリックだろうに、わざわざナウチを「プロテスタント教会の牧師の子」にした真意がわからない。神父(聖職者)と牧師(教職者)の違いとか調べてみたけど、やっぱりわからん。きっと意味はあるんだろうけどわからん!!きっとわたしの気付かない小ネタいっぱいあると思うから、そのへん詳しい人に見てほしい…。


◆シーラの「線」と蝋燭の火

蝋燭の火の数が、人の死に呼応してるという話。蝋燭、初回は「あぁ一本消えちゃってるな」って思ってて、二回目も同じとこが消えてて接触でも悪いのかなとか思って(アホか)そこから気にしてなかったら、最後のハワルの独白で一本だけ火が残ってたことにようやく気付いた…。シーラが死んだ時点で残りが二本(ハワルとナウチ)ならいいんだけど三本だったと聞いて、じゃあドゥーシャも生きてたんだなと。これは確定でいいと思う。

シーラの「線」って、近親相姦というタブーの線かと思ってたけど「人を殺せないこと」だったのかな。グラス・ベーナと共に活動していて荒っぽいこともしてるけど、その一線は越えていなかった。

とすると気になることがあって、シーラは本当にリェータに対して恋愛感情を持っていたのか。まぁ一人に対して線が二つあってもいいんだけど、リェータを愛しく思うと共にゼムリャの血にこだわっていたシーラは、リェータと血の両方を守るためにその手段を選ぼうとしていただけではないのかなとか思ってしまって。まさしの演じ方にどこまで意図があるかはわからないんだけど、シーラのリェータへの接し方が最後まで「愛しい妹」としか見えなかったんだよ…。お前の顔を見ると正常な判断が下せないとか、お前の声が好きなんだ、の言い方とか。妹通り越して娘みたいな。うーん。なんかわたしに余計なフィルターかかってる気もする。

ドゥーシャがどこかに「シーラを逮捕してほしい」と電話したところで出番が終わっているので、ドゥーシャが生きていてその『お願い』が有効なままであったなら、あの争いの末にシーラが勝ってハワルが死んでも、シーラは捕まってしまう。同じく生きているリェータを残して。そうしたかったんだろうか。(最初はそうやってドゥーシャが自発的に動いちゃったから殺されたんだと思ってたんだけど。今まで中立だったから見逃されてたっぽいし。)

ハワルを憎んでいて殺したかったことに違いはないんだろうけど、もう最後らへんのシーラの感情ぐっちゃぐちゃなのめっちゃ気になるからわたしすごくシーラが好きなんだわ…。

4/10追記:って感じで自分なりにシーラの行動原理の着地点を見つけて勝手に納得してたんですけど、リェータ混血やんけ!!ってことにようやく気付いた、というか紙に書いてあった…いやいやあの紙、本編で説明すべきこと多すぎる…。

そんなわけで本心では優しいお兄ちゃん像が見事に崩れてしまったんだけど、ほんとシーラ何がしたかったんだよ!!!

 

◆ポドフの線と「アイツ」との過去

アイツっていうかめちゃくちゃハワルだけど。性別の線と、一般的に使われる「一線を越える越えない」を体現しているポドフ…。役としてつらいし、それを演じるともくんがまたうまいから目を離せなかった。

公式にもある、

血縁、国境、性別、人種、宗教、経済―見えない“ライン”に隔てられた若者がたったの5日間で命を燃やした“ライン”をも飛び越える恋。

って文言、血縁が兄妹(じゃなければいいなって言ったところだけど)、国境・人種・宗教・経済は普通にハワルとリェータ。そうなると、残る性別はポドフかナウチのどちらかもしくは両方かって見る前から思ってたんだけど、ポドフがあまりにわかりやすい。かなり目立つピアスが左なのは、あえて逆にしているのか。「女に手厳しいな」と茶化した牧師のナウチに対して突っかかっていくし、ハワルのことを見ているし、ソロ曲めちゃくちゃ片思いの歌!『魚の恋 鳥の恋』いい曲だな…歌詞も印象的。

初回見てポドフの気持ちに気付いて「あぁ留学前に何かがあったんだなこの二人…」って感じていたら、パンフのともくんのところに「気持ちを伝えたら大きな心で受け止められて、なんだか情けなくなって逃げた」と書いてある。
じゃあそこそこきちんと告白してフラれてるんだと思ってたんだけど、二回目に見たらハワルの第一声がポドフに対する「お前に恋の痛みがわかるとは思えないな」で、「は!?」って内心キレた。というか前日の考察が崩れた。違うわはっきり言ってないわ。

きちんと言葉では伝えられずに、酔った勢いとかで一線を越えそうになったけど思いとどまり、いつもの調子で冗談だ気の迷いだ若さゆえの過ちだって茶化してしまって、ハワルもそれを許してくれた、流してくれた…とかそういう?でもそうでないとハワルが鈍感にしてもひどい。見ないふりというより、なかったことにしてくれてるというか。「じゃあお前は変わってくれんのか」で確信してそうだけど。なんなんだお前らそのもぞもぞする関係!月9か!!(偏見)

娼婦であるドゥーシャの話題の最中には出てこないのに、神に語りかけるポドフが直球で「性欲に溺れたい」「誰とどんなにいいセックスをしても」って言うのが気になる。売女とか言うわりにシーラもベッド云々くらいしか言わないもんな。ポドフの元になっているマキューシオは下品な冗談を並べ立てるキャラではあるけども、そこまでいうならただ告白しただけでなくもう一歩までいってんのかなって。

ポドフはマキューシオと同じように死んでしまい、その線を越えることはない。というか越えるつもりもなかった。線っていうかもはや壁って感じ。
死んだ後のポドフがずっとハワルを見守っていて、届かない言葉を紡ぎながら両手を握りしめる。祈り続ける。でも同じように届かない歌を歌うリェータを見て、すっと去っていくの、つら!!!!!

 

◆舞台両端の椅子の意味

これはわたしが勝手に気になってるだけなんですけど、この作品結構横から椅子が出てくるし、途中ですごい勢いで走りながら片付けられるじゃないですか。リェータを取り戻して袋をかぶせたシーラがガンッ!って勢いよく置くのとか怖いし。

それで、「両端の椅子に座ってるけど、そのあとすぐに出番があるのではなく途中ではける人」の意味が知りたくて。わたしの席が最前だったので、片方の椅子を見たらもう片方が見えなかった…。舞台袖が存在せず全員がはけないで待機するような小劇場じゃないのに、すっと入ってきて座って、しばらくしたらはけるって行動が気になる。特にナウチとドゥーシャ。

案外みんなホイホイ線を越えるので、単に「今この人は線のこっち側(スポットがあたってる方)にいるよ」っていう説明だったのかもしれない。シーラに捕まってる時のドゥーシャとかそんな感じ?でも照明が当たらないから、そこに人がいることに気付かない人いるんじゃないか…わからない…。


◆一発の弾丸

結構同じ感想を見かけて嬉しかったんだけど、弾が入ってなかったハワルの「…は?」がすごく好き。驚きと失望と怒りと、きっと安堵も全部ない混ぜになって出た一言。

撃とうとしたけど撃てなくて思いっきり暴れたから、逆に一回落ち着いてよし死ぬぞ、ってなるの、リアル…なんだろうな(あんま知りたくない)…。でもそれが最後のチャンスだったのに、弾が入ってなかった。運命だなーって思った。
本家ロミオって、ジュリエットが死んだと聞いて完全に自分も死のうと思って毒持って行くじゃないですか。でもハワルの銃はそうじゃなくて、お守りだった。実際に唯一入っていた弾丸はシーラに当たって、ハワルの命は救われてる。だからハワルは銃では死ねない。

キリスト教において自殺は禁忌だから、それでも死んでしまうキャラってとてつもないエネルギーを感じる(ジャベールとか……)んだけど、ハワルの場合それが生きる方に向いたのはよかったなと思っている。二人とも死ぬのがロミジュリの悲劇だけど、なんか天国(自殺だから天国行けなさそうだけど)で結ばれてそうだもんな。

一緒には逝かずに生きて、罪を償い、リェータの想いと共に寿命を全うしたハワルは「愛に生きた」とも「愛に死んだ」とも言えると思う。

それにしても、背の高い男が長い手足を折りたたんで眠る姿ってなんであんなに美しいんだろうね…


◆楽曲とミュージカルの定義

和田さんは末満さん関連でも西田さん関連でもハイステその他でも、挙げ句には推し舞台(嵐が丘)でもお世話になってるのでいつか色々入れたサントラ出してほしい。

ミュージカルっぽくないってあちこちで言われていたけどすごくわかる。普段ならここで歌が始まる、ってポイントで歌わない。話してる最中にBGMが入ってきて、おっ歌……わないのかよ!!って何度も脳内でずっこけてた。ロックミュージカルってそんなに見てないからこういうものなのかもしれないけど。

台詞がそのまま歌になってるのが好きなので「恋だろ?(以下略)」の掛け合いが好きで、「祝福してくれないかナウチ」「はぁ!?」とか、「ジーマじゃない!」「「…えっ!?」」のとこ何度も聞いてたい。

個人的に「哲学でリェータが作れるなら」が好き。曲調もだけど、ハワルがのたうち回りながら歌うのに声ぶれないからあれだけ歌えるの大したもんだ…(何視点??)

「線を笑い飛ばせ」はリプライズの方が好きかもしれない。車のSEも含めて疾走感がすごい。

「ゼムリャの祭」、あれ正しい歌詞って存在するんだろうか…ふとただの日本語に聞こえて笑ってしまった。鼻~~って言ってない?笑

M15の方の「はじまった愛におやすみ」のリェータの声が、今までの勢いがない分ものすごく澄んでいてキレイで優しくて、まるで聖母のよう。泣かされた。

推しソロ「祈り」、ゲネ映像に入ってて歌詞聞いて「うわ…つら…」って思ってたら想像してたシーンとは違うとこで流れたけど、よしくんの声の優しさがじんわりくる。まっすぐな歌声に安心する。あーーもっとよしくんの歌が聞きたい!!

そういえばアフタートークの末満さん回で磯ミュの話が出たそうなんですけど、そこで言ってたらしい「物理的に重力を断ち切る曲」はこちらです。カテコバージョンだけど。女形をやっているのがナウチのよしくん。(カテコ撮影もアップもオッケーだった)(撮影者わたしではないですお借りします)

 

youtu.beまっっっっったく意味わからんと思うんですけど、これで興味持って頂けましたら磯ミュDVD(この曲は再演に入ってます)をよろしくおねがいします…という普通にPatchのマーケティング

 

で、タイトルにも入れてるし最初らへんにも書いた「会いたい気持ちが世界の中心」が、あまりにまっすぐわたしの心に刺さってきて。そうだよ会いたいんだよ、推しに会いたいから遠征するんだよオタクは!!!って、どう考えても作詞の意図とはズレた刺さり方をした。これも同じ感想見かけるの嬉しい。リェータの言動のオタクみいいよね…。席位置がリェータがこの曲で最後に走り込む通路の横で、思いっきり目があった。眩しすぎてこっちの目が潰れるかと思った。

 

◆もうちょいナウチとよしくんの話をさせてください

好き!!!!!! ああいうパーマの髪型多分初めて見たけど可愛い!!

何をやっても二人よりワンテンポ遅れるところ、ダンスが絶妙にダサいところ(よしくん本人はジャズバレエを踊る人です)、食事のシーンで辛いものを食べる演技がやったら細かいところ、基本的には弱気なのに、ポドフが刺された後ハワルを逃がすために声を荒げるところ、混乱するリェータの話を少し屈んでちゃんと目を見て聞いてあげる優しさ、ハワルに抱きしめられても抱き返せないところ、手を広げることもできなくて軽く握ったままの手で背中をトントン叩くだけのところ…好き…。

よしくん、久々にちゃんと生で見て改めて思ったけど、顔が好き。声が好き。舞台上での一挙一動全部好き。すごく動く目が好き。リェータの言葉を借りるなら、「眩しい!」

今回会場がKAATなこともあり他舞台とのはしごがうまくできなくて(最終的にやったけど笑)、5DAYSだけのためのひいてはよしくんのためだけの遠征になって、そこまでして行くのか…?って悩んだりしたけどやっぱり舞台に立つよしくんのことが好きだから、今後どんな作品への出演が決まっても遠征しようって決めました。言うて日本狭いから!関西と関東の境界線を飛び越える!

とはいえ大阪で、できればPatchの中にいるよしくんがそろそろ見たいので本公演への出演をお待ちしています……。

 

 

これだけ考え込んだらすっきりしたような、もう一回見たくなったような。関西と関東の境界線を飛び越えるための臨時収入…ふってこないかな…。

 

※結局このあといてもたってもいられずにもう一回見に行きました。感想まとめられてないのですが、ふせったー→

https://fusetter.com/u/owl_sunflower

とかで色々言ってます。

 

f:id:yhforestmk:20180408223454j:plain

わたし男性の膝から下から靴のラインが好きなんですけど、このビジュアルよしくんの足全然見えなくてちょっと笑った。

そういえばこの舞台、キャストによるSNSでの稽古場やご飯の写真アップが全然なかった(その分稽古場見学会あったし動画も上がったけど)のと、グッズがパンフのみだったのが個人的には好印象。稽古のあとのツイートって大変そうな時あるし…いやちょっと嘘、ブロマイドがほしかった。最近推しグッズがないから…。

スペースの都合だろうけどお花もないし(出したかった)、最近の若手舞台っぽくないなと。どこまで狙ってやったんだろうね。よしくんのツイートが少ないのはいつものことだけど、飯テロすらなくなってんのちょっとさみしい。

 

撮影日が決まっているけどDVD予約がないのはなんでだろう。円盤化のネックになる版権料や使用料もあまり関係なさそうだし、DVDめっちゃほしいです。

追記:とか言うた矢先にDVD発売日決まったっぽい?やったーー!!!!